お盆の暑い昼下がり、俺は家族と一緒に祖父母の墓参りに出かけた。
蝉の声が響き渡る中、墓地には穏やかな風が流れ、数多くの墓石が並んでいた。
家族全員で祖父母の墓前に手を合わせ、線香の煙が風に揺らめく。
いつもと変わらない、静かで厳かな雰囲気だった。
俺も祖父母への感謝を胸に、静かに手を合わせていた。
ふと、背中にひんやりとした感覚が走った。
その瞬間、肩を誰かに軽く叩かれたような気がして、反射的に振り返った。
だが、そこには誰もいない。
家族も遠くで手を合わせており、誰かが後ろに立っていたわけではなかった。
「気のせいか…」と自分に言い聞かせながら再び祈りに集中しようとしたが、またしても同じ感覚が襲ってきた。
今度は明らかに何かが肩に触れた。振り向くが、やはり誰もいない。
不安が募る中、辺りを見渡すと、異様な光景が目に飛び込んできた。
遠くの墓石の間から、無数の顔がこちらをじっと見つめているのが見えたのだ。
それらの顔はまるで浮かび上がるようにして現れ、ぼんやりとした白い輪郭の中で、ただ無言で俺を凝視していた。
一瞬、目を疑ったが、何度見ても同じだった。
しかも、その顔たちは次第に俺に向かって口を動かし、何かを囁き始めたように見えた。
しかし、声は全く聞こえない。
ただ、その無数の口が動くたびに、俺の心の中に不安が増していく。
「呼ばれている…」
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
無数の顔が俺を見つめ、そして呼びかけているように感じたのだ。
全身に寒気が走り、足がすくんで動けなくなった。
心臓が早鐘のように打ち、息が詰まりそうな感覚に襲われた。
「おい、どうしたんだ?」と、家族の声が遠くから聞こえた。
急に現実に引き戻された俺は、慌てて顔を振り、もう一度あたりを確認した。
しかし、あの顔たちはもうどこにもいなかった。
ただ、静かに墓地が広がり、蝉の声だけが響いている。
「いや、なんでもない…」俺は震える声で返事をし、家族の元に駆け寄った。
胸の奥にはまだ、あの顔たちの視線の余韻が残っていた。
その後、墓地を後にし、家族と共に車へ戻ったが、車の窓からふと見た墓地の遠くには、まだぼんやりと誰かが俺を見つめているような気がしてならなかった。
「帰るべきではなかったのかもしれない…」
そんな考えが頭を離れず、俺は無言のまま家路に着いた。
家族は何も気づいていなかったが、あの墓地で感じた恐怖は、今でも俺の中に深く刻まれている。
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