美咲は、ここ数年、生活の中で何かがうまくいかないと感じていた。
仕事は順調だが、心の中にある重たい感覚が消えない。
そんな彼女が決意したのが「断捨離」だった。
テレビで紹介されていたように、古いものや不要なものを処分することで、新しい運気やエネルギーが入ってくるという。
美咲はこれが自分を変えるきっかけになると信じ、週末に時間をとって部屋を徹底的に整理することにした。
部屋の隅からクローゼットの奥まで、使わなくなった服や本、小物を次々とゴミ袋に詰め込んでいく。
昔の恋人との写真も、もう必要ないと決断し、処分することに決めた。
何かを手放すことに最初は躊躇があったが、一度勢いに乗ると止まらなくなり、どんどん不要なものが袋に詰められていった。
部屋がどんどん片付き、心もすっきりしていく感覚を覚えた。
その日、最後に手に取ったのは、母から譲り受けた古い木箱だった。
美咲が子供の頃から家にあったこの箱には、特別な思い入れはなかった。
中を開けると、知らない人たちの古い写真、古びた人形、そして何通かの手紙が入っていた。
美咲はこれらの品々に全く価値を見いだせず、そのまま捨てることに決めた。
「どうせ母ももう気にしていないだろう」と、軽い気持ちで箱ごとゴミ袋に詰め込んだ。
断捨離を終えた夜、美咲は心地よい疲労感に包まれ、ベッドに横たわった。
部屋はすっきりし、どこか空気も軽くなったように感じた。
安心して眠りに入ろうとしたその瞬間、部屋の隅で何かが動いたような気がした。
彼女はすぐに目を開けて周囲を確認したが、誰もいない。気のせいだと自分に言い聞かせ、再び目を閉じた。
しかし、その夜中、美咲は何度も目が覚めた。
まるで誰かに見られているような感覚があり、背筋が凍るような冷気が部屋を包み込んでいた。
翌朝、彼女は妙な違和感を感じつつも、ゴミの日の朝だったため、断捨離でまとめたゴミ袋を外に出し、仕事に向かった。
その日の夜、疲れて帰宅した美咲は、玄関に異様なものを見つけた。
ゴミに出したはずの古い木箱が、そこにあったのだ。
確かに処分したはずの箱が、まるで何事もなかったかのように戻ってきている。
それを見た瞬間、美咲は全身に寒気が走った。
美咲は、もう一度その箱をゴミに出そうと決心したが、その晩、再び不気味な出来事が起こった。
眠りにつこうとした矢先、彼女の耳元で誰かの声が聞こえた。
「返して……」。それはか細く、しかし明確な囁き声だった。
彼女は飛び起き、辺りを見渡したが、もちろん誰もいない。
気味が悪くなり、夜中に電気をつけたままベッドに戻ったが、その声は何度も聞こえた。
「私のものを返して……」
翌朝、恐怖に包まれた美咲は、断捨離したものが原因ではないかと考え始めた。
特に、あの木箱の中身に何かがあったのではないかと。
彼女はすぐに母親に電話をかけ、箱について尋ねた。
すると、母親は驚いた様子で言った。
「あの箱は触らないでって言わなかったっけ? あれは、おばあちゃんのものなの。おばあちゃんが亡くなった時に、あの箱だけは処分しないでと言われていたのよ……」
美咲は青ざめた。
箱の中にあった写真や手紙の人物は、自分の家系の先祖だったのだ。
そして、何か強い念が込められていたことに気づかなかったのだ。
その晩、美咲はとうとう木箱を処分しきれないまま、家に戻してしまった。
そして、その夜は今までにない恐怖に包まれた。
部屋の四方から囁き声が聞こえ、電気をつけていても冷気が部屋中を漂い続けた。
何かが部屋の中を歩き回っているような気配もあった。
美咲はついに恐ろしくなり、木箱を抱え、深夜の神社へと向かった。
神社に着くと、神主に事情を話し、箱を見せた。
神主は一目見て顔を曇らせ、すぐに厳重な祓いの儀式を行うことに決めた。
箱の中には、先祖の念が宿っており、軽々しく処分すべきではないものだったのだ。
祓いの儀式を受けたことで、美咲は一時的に安心した。
しかし、それ以来、彼女は時折、あの囁き声が聞こえるようになった。
箱は神社に封印されたはずだったが、彼女の心にはその存在が深く刻まれてしまったようだった。
「返して……」という声は、もう現実のものではなく、彼女の心の中で響き続けるのだった。
物を捨てるという行為には、単なる物理的な処分だけでなく、そこに宿る思いも含まれていることを知った美咲。
物を手放すことの背後には、時として見えない力が働いていることを、彼女は痛感したのだった。
物にはその歴史と、それを持つ人の念が込められる。
断捨離の先に待っていたのは、新しい生活ではなく、過去からの報復だったのかもしれない。
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