岡山県金浦地区にひっそりと佇む「三千部供養碑」には、源平合戦の戦死者や犠牲となった民の無念が今もなお残されているという。今回は、三千部供養碑にまつわるウワサの心霊話を紹介する。
三千部供養碑とは?

三千部供養碑は、源平合戦の激戦地のひとつとして知られる金浦地区に建立された供養碑である。
かつてこの地では武士同士の激しい戦いが繰り広げられ、戦火に巻き込まれた多くの民衆が命を落とした。
三千部供養碑は、そうした無念の死を遂げた人々の魂を慰めるために建てられたとされている。
供養碑には「南無妙法蓮華経」と刻まれ、これは日蓮宗における強い信仰の象徴でもある。
題目を三千回唱えることにより、成仏を願う読誦の証として供養碑が建立されたのである。
備前や備中、美作といった旧街道沿いにはこのような石塔が数多く残されているが、その中でも三千部供養碑には異様な雰囲気が漂っている。
碑の周辺は廃屋が目立ち、特に飲食店やスーパーなどは短期間で閉店を繰り返している。
地元住民の間では、飢えた霊が食を求めてさまよっているのではないかとささやかれている。
三千部供養碑の心霊現象
三千部供養碑の心霊現象は、
- 男性の霊が現れる
- 動物の不審な事故死が繰り返される
- 供養碑の近くに立つと、足元から急に寒気が這い上がる
- 夜になると、どこからともなく読経のような声が聞こえてくる
である。以下、これらの怪異について記述する。
まず最も多く報告されるのが、男性の霊の出現である。
供養碑の前に立つと、いつの間にか背後に人影を感じ、振り返るとそこに古びた甲冑姿の男性が立っていることがあるという。
彼は声を発することなく、ただじっと供養碑を見つめて消える。
地元では、源平合戦の戦死者の怨霊であると恐れられている。
次に不可解なのが、動物の事故死である。
なぜかこの供養碑の前では、犬や猫、さらにはタヌキやカラスまでもが交通事故や原因不明の死を遂げる。
住民は「ここに来ると、何かに引き寄せられるように動物が命を落とす」と口を揃える。
また、碑の近くに立つと、真夏であっても背筋を這うような寒気に襲われる。
気温や風の影響では説明できないこの現象は、碑の周囲だけに限って発生するという。
そして何よりも不気味なのは、夜になると聞こえる読経の声である。
周囲には人影もない静寂の中、「ナムミョウホウレンゲキョウ……」と、ぼそぼそと読経する声が暗闇の中から響いてくる。
音の出所は不明であり、声が近づいたと思うと急に消える。
この声を聞いた者の中には、高熱を出して寝込んだ者もいる。
三千部供養碑の心霊体験談
ある若者二人が心霊スポット巡りの一環で夜の三千部供養碑を訪れた。
彼らが懐中電灯を手に供養碑の前に立った瞬間、周囲の音が一切消えたという。
虫の鳴き声も、風の音も聞こえなくなり、まるで時間が止まったかのような感覚に襲われた。
そのとき、一人が突然「誰かいる」とつぶやいた。もう一人が驚いてそちらを見ると、供養碑の裏手に黒い影が立っていたという。
懐中電灯の光を向けた瞬間、その影はスッと地面に溶け込むように消えた。
帰宅後、二人は原因不明の高熱にうなされ、悪夢に悩まされたという。
夢の中では、血に濡れた顔の男が、無言で彼らの目の前に現れ、ただじっと見つめていたらしい。
三千部供養碑の心霊考察
三千部供養碑にまつわる心霊現象の根底には、供養しきれなかった無念の霊たちの存在があると考えられる。
とりわけ源平合戦という血なまぐさい戦の舞台となった地には、強い怨念が今もなお染み付いているのではないか。
また、供養のために建てられたはずの碑が、逆に霊を呼び寄せる「依り代」となっている可能性もある。
とくに日蓮宗における三千部読誦は強い霊的エネルギーを持ち、時として霊界への扉を開くきっかけともなりうる。
廃屋の多発、店舗の短命化、動物の事故死、読経の声——これらすべてが、単なる偶然とは思えない一致を見せている。
飢え、悲しみ、怒りといった負の感情が、この地に取り残された霊たちをこの世に縛り付けているのかもしれない。
三千部供養碑は、単なる歴史的遺構ではない。そこには今なお生き続ける、声なき魂たちの存在があるのだ。
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