上の池公園は、大阪府高槻市阿武野二丁目に位置する、
自然環境とビオトープを活かして整備された公園である。
現在は住宅地に囲まれ、散歩やジョギング、子どもの遊び場として親しまれているが、
一方で心霊スポットとしての噂も古くから語られてきた場所でもある。
本記事では、幽霊の存在を断定する立場は取らず、
なぜこの場所が心霊スポットと呼ばれるようになったのかを、
歴史・土地の記憶・人の体験談という観点から整理していく。
上の池公園とは?

上の池公園は、平成3年に開設された面積約2.75ヘクタールの都市公園である。
「自然を感じる」をテーマに、調整池を中心とした池ゾーン、樹林地、散開林、ビオトープ計画などが配置されている。
公園内の池は雨水流出抑制調整池を兼ねており、
最大約5,000トンの雨水を貯留できる構造となっている。
また、トンボ池や水辺植物ゾーンなど、生態系保全を意識した設計がなされている点も特徴である。
現在は紅葉の名所としても知られ、秋には美しい景観を楽しむことができる。
上の池公園が心霊スポットとされる理由
上の池公園が心霊スポットと呼ばれる理由は、
過去にこの一帯が病院用地であったという歴史に由来すると考えられている。
この地域にはかつて、
1941年に日本赤十字社大阪支部病院分院「阿武野勝景園」として開院した病院が存在していた。
翌1942年には戦時体制の影響により「大阪陸軍病院阿武野赤十字病院」となり、主に軍人の治療を担っていた。
その後、1948年に「大阪阿武山赤十字病院」として再編され、
一般病床とともに結核病床を数多く抱える病院となった。
当時の日本では、結核の特効薬であるストレプトマイシンがまだ十分に普及しておらず、
病院内で亡くなる患者も少なくなかったとされている。
現在の公園一帯は、かつて病棟や関連施設が点在していた場所と重なるとされ、
その記憶が土地に結びついた結果、心霊の噂が生まれた可能性がある。
上の池公園で語られている心霊現象
この場所で語られている主な心霊現象は、以下のようなものである。
- 夜間、池の周囲の雑木林付近で白っぽい人影やモヤのようなものを見たという証言
- 深夜に池の近くで、誰もいないはずなのに気配を感じる
- 公園北側マンション前から公園へ下る階段で、背後から足音が聞こえたという話
これらはいずれも視覚的・感覚的な体験であり、
具体的な接触や明確な意思疎通が語られるケースは少ない。
上の池公園の心霊体験談
とくに知られているのが、公園北側にある階段にまつわる噂である。
この階段は一部で「地獄の階段」と呼ばれており、夜中に下ると、
背後から誰かに追われているような感覚に襲われる
階段を降りるにつれて、周囲の空気が変わったように感じる
暗闇の中に引き込まれていくような不安感を覚える
といった体験談が語られている。
ただし、これらの話も特定の時間帯や心理状態と結びついて語られることが多い。
なぜ「上の池公園」なのか|場所から考える心霊考察
上の池公園の心霊的な噂は、
幽霊が出る場所だからというよりも、
「多くの死と向き合ってきた土地の記憶」が残っている場所と捉える方が自然である。
結核病院や軍病院という性質上、この地では強い不安、苦しみ、死への恐怖といった感情が長期間にわたり集積していたと考えられる。
これらの感情の痕跡が、
夜の静けさや暗闇、池や雑木林といった環境要因と重なったとき、
人の感覚に「何かいる」「空気が違う」という形で作用している可能性は否定できない。
これは意思を持つ存在というより、
残留した感情や記憶の揺らぎとして現れている現象と考えることができる。
まとめ
上の池公園は、現在では自然豊かな憩いの場である一方、
かつて病院施設が広がっていたという歴史を持つ土地である。
心霊現象とされる噂の多くは、
明確な幽霊の目撃というよりも、
土地の持つ記憶と人の感受性が交差した結果、生まれたものと考えられる。
幽霊が存在するかどうかを断定することはできない。
しかし、「何もなかった」と切り捨てるには、この場所が背負ってきた歴史はあまりにも重い。
上の池公園は、
静かな自然の中に、かつての時間が折り重なっている場所なのかもしれない。
』|この映画が逃げ場を消していく理由-500x500.jpg)



のウワサの心霊話-500x500.jpg)


コメント