かつて“幽霊ホテル”と呼ばれた巨大廃墟。解体された今もなお、その土地には異様な静けさが漂っているという。今回は、青島橘ホテル跡地にまつわるウワサの心霊話を紹介する。
青島橘ホテル(跡地)とは?
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青島橘ホテルとは、宮崎県宮崎市の青島海岸沿いにかつて存在した巨大リゾートホテルである。
1967年(昭和42年)に開業し、8階建て・客室数330室超、4棟を連結させた構造は圧巻で、宮崎新婚旅行ブームの象徴的存在として栄華を極めた。
最盛期には年間20万人以上の宿泊客を集め、修学旅行や観光団体の拠点としても知られていた。
しかしバブル崩壊に伴う経営悪化により、1990年に閉業。
以後、約20年にわたって廃墟として放置され、“幽霊ホテル”と呼ばれるようになった。
さらに隣接する廃業旅館「青木館」では白骨死体が発見されるという不穏な事件も起きており、このエリア全体が異様な空気に包まれていた。
2009年から2010年にかけて解体が行われたものの、現在もなお地下構造物や基礎杭が地中に残されたままであり、“完全には消え去っていない”という印象を周囲に与えている。
再開発計画は進んでいるが、今もどこか、人の気配を拒むような空気を纏っている場所である。
青島橘ホテル(跡地)の心霊現象
青島橘ホテル(跡地)の心霊現象は、
- 少年の霊が現れる
- 夜中に無人の廊下で足音が響く
- 誰もいないのに見られているような感覚に襲われる
- 近づくと理由のない頭痛や吐き気を感じる
である。以下、これらの怪異について記述する。
まず最も有名なのが、少年の霊の目撃情報である。
ホテルが廃墟となっていた頃、複数の探索者が「青ざめた顔の少年」が建物内をさまよう姿を目にしたという。
特に夜になると、誰もいないはずの窓からこちらをじっと見つめている少年がいたという報告があり、ある者はその視線に凍りつき、その場から動けなくなったと証言している。
次に、無人の廊下に響く足音。かつて廃墟に足を踏み入れた者たちは、何もないはずの暗い廊下を歩く際、明らかに自分以外の足音が背後からついてくると感じたという。
振り向いても誰もおらず、しかし歩みを止めると、それもまたピタリと止む。まるでこちらの行動を真似するかのような、不気味な存在である。
さらに、見られている感覚。跡地周辺を訪れると、背後から誰かに凝視されているような錯覚に襲われるという。
この感覚は非常に強く、人によっては涙が止まらなくなった、という話すらある。
そして最後に、身体的不調である。現在は更地となっているが、跡地に近づくと頭痛や吐き気を訴える者が少なくない。
病院で検査しても異常は見つからず、“土地そのものに何かが残っている”と恐れられている。
青島橘ホテル(跡地)の心霊体験談
実際に廃墟時代の橘ホテルに足を踏み入れたある探索者は、こう語っている。
「当時、心霊スポットとしてネットでも話題になっていたから興味本位で行ったんです。夜の11時頃でした。カメラを回していたら、誰もいないはずの通路の奥に、小さな人影が立っていました。子どもです。男の子に見えた。でも、ライトを当てた瞬間、ふっと消えたんです。それ以来、理由のない高熱が出て、病院に行っても原因不明でした」
この証言は単なる“怖い話”として片づけるにはあまりに具体的で、何かがそこに「いた」と考える方が自然である。
青島橘ホテル(跡地)の心霊考察
この地における心霊現象の中心には、やはり「少年の霊」の存在があるように思われる。
彼はなぜこの地にとどまり、何を訴えようとしているのか。
青島橘ホテルは、その繁栄の裏で多くの人々の“人生の節目”を受け入れてきた。
新婚旅行、修学旅行、家族旅行…そして、それらの記憶が詰まったまま、突如として朽ちていった建物。
人の喜怒哀楽が強く染み込んだ場所には、往々にして霊的な“留まり”が起きやすい。
少年の霊が誰だったのかは明らかになっていない。
しかし、取り残されたまま解体され、再開発計画すらとん挫し続けるという事実は、何らかの“意思”がこの場所に存在している可能性を示唆している。
少年の霊は、今も地中深くの杭や地下室の中で、静かに誰かの足音を待っているのかもしれない。
※現在、青島橘ホテルは解体され現存していない。再開発予定地として整備が進められているが、かつてこの地に宿った“記憶”が完全に消え去ったとは、まだ誰にも言い切れない。
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