戦国武将・小早川隆景公を祀るこの神社は、長い歴史の中で幾度も荒廃と再建を繰り返しながら、不気味な噂が絶えず囁かれてきた。自殺の名所として知られ、霊の目撃談や不可解な現象が数多く報告されている神秘の地。今回は、和賀神社(小早川神社)にまつわるウワサの心霊話を紹介する。
和賀神社(小早川神社)とは?
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和賀神社(小早川神社)とは、広島県竹原市新庄町に鎮座する旧県社であり、正式名称は和賀神社である。
祭神は小早川隆景公であり、1597年(慶長2年)に隆景公が没したのを受け、近隣の新庄村や下市村など数ヶ村が協議の上、東方に位置する木村城跡に祠(若宮)を建立し、隆景公を祀ったのが始まりである。
以降、陰暦9月13日には祭祀が行われ、萩藩からも時折参拝し金帛が奉納されるようになった。
明治維新に伴い村人の参拝が途絶えると神社は次第に衰退したが、麓に住む原玄齢の嘆きと、竹原出身の中村義三郎らの奔走により、毛利家および小早川家の協力のもと、明治22年(1889年)に現所在地へ移転造営された。
さらに、山津波により崩壊した隆景公を祀るという、歴史の陰影と悲哀を背負った廃神社である。
和賀神社(小早川神社)の心霊現象
和賀神社(小早川神社)の心霊現象は、
- 隠された自殺の名所として、夜間は絶対に横を向いてはならないという禁忌が存在する
- 境内およびその周辺の暗がりから、不気味な霊が浮かび上がる現象が確認される
- 写真撮影を試みると、赤色や紫色の不吉なオーブが写り込む
- 肝試しに訪れた者が突如「俺死ぬかも」と叫び、数日後に不慮の事故死するという事例が報告される
である。以下、これらの怪異について記述する。
まず、隠された自殺の名所としての伝承においては、神社の一角に広がる小さな林が存在し、そこではかつて絶望の果てに命を絶った者たちの怨念が彷徨っていると伝えられている。
夜の帳が下りると、歩む者は決して横を向いてはならないという禁忌が厳粛に語られ、忌まわしい影が忍び寄るとされるのである。
また、境内およびその周辺においては、闇夜に不気味な霊が浮かび上がる現象が観測される。
これらの霊は、過ぎ去った戦国の悲劇や、絶望の果てに散った魂の残滓が具現化したかのようであり、見る者の心に深い恐怖を植え付けるのである。
さらに、数多の肝試しの記録においては、写真撮影を試みた際、赤や紫の異様なオーブが写り込む現象が確認されている。
これらのオーブは、ただの光の反射や偶然の産物ではなく、闇夜に潜む魂の存在を示唆する不吉な兆候とされ、被写体に取り憑くかのような恐怖を呼び起こすのである。
そして、神社を訪れた肝試し参加者の中には、突如として「俺死ぬかも」と叫び、涙に暮れる者がいる。
彼らは、何か見えざる力に取り憑かれたかのような恐怖に襲われ、その数日後、見通しの良い一直線の道路上で不慮の事故に遭い命を落とすという、背筋も凍るような事例が複数報告されているのである。
和賀神社(小早川神社)の心霊体験談
昔、ある地元民が自転車で帰宅中、神社付近に差し掛かった際、かねてより伝え聞いた「夜は恐ろしい」という噂をふと思い出した。
やむを得ず別の道へと進もうと考えた矢先、時間の都合から意を決して神社を通過することとなった。
その時、恐怖を覚えた彼は、iPhoneのホーム画面を開いたまま走行中であったが、十分な充電があるにも関わらず、突如として電源が落ちる事態に見舞われたのである。
慌てた彼はすぐに2号線へと逃れ、再起動を試みたが、普段は平穏なはずの神社前が、あの瞬間、計り知れぬ恐怖を放っていたことは決して忘れることができない体験である。
また、和賀神社――小早川神社と呼ばれるこの神社は、隠された自殺の名所としても知られている。
境内を挟む一方の小さな林では、何故か境内側よりも自殺が多く、地元では「夜は横を向いてはならない」と厳命される。
ある夜、肝試しに参加した一行の中で、知人Aが突然立ち上がり、恐怖に満ちた声で「ごめん、俺多分死ぬわ」と叫び、涙を流し始めた。
その後、騒然となった一行はその夜の肝試しを中断したが、数日後、Aは見通しの良い直線の道路上で不慮の事故に遭い命を落としたと伝えられている。
これらの体験談は、単なる作り話ではなく、実際に起こった恐怖の記録として、今なお多くの者の心に暗い影を落としているのである。
和賀神社(小早川神社)の心霊考察
上記の心霊現象や体験談から、この神社には歴史的背景と共に、深い怨念と超自然的な力が宿っていると考えられる。
小早川隆景公を祀ることにより、戦国の荒廃と絶望の記憶、そしてその後の自殺者たちの悲哀が重なり合い、怨霊として現れている可能性が否めない。
夜間に浮かび上がる霊や写真に映る赤紫のオーブ、そして肝試し中の奇怪な現象は、偶然の産物ではなく、何か計り知れぬ力の存在を裏付ける証左である。
また、隠された自殺の名所という側面は、過去に絶望の果てに命を絶った者たちの魂が、未だこの地に留まり、訪れる者に不吉な予感と恐怖を与えていることを示唆している。
こうした事実は、現代においても多くの者に忌避される不吉な伝承として、決して消えることのない恐怖の象徴である。
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