翔太は普通のサラリーマンだった。
特に贅沢もなく、ただ毎日を淡々と過ごしていた。
しかし、心の奥底にはいつも「もっと裕福になりたい」という欲望があった。
友人たちは次々と成功し、贅沢な生活を送っていたが、翔太にはそれが手に入らなかった。
ある日、彼は偶然にも町外れの古びた骨董品店に足を運んだ。
その店は、まるで時間が止まったかのような空気を漂わせており、どこか不気味だった。
翔太は店内を見て回っていると、古い金貨が目に留まった。
それは手のひらに収まるほどの大きさで、錆びついているが重厚感があり、どこか異様な力を感じさせるものだった。
「それに触れてはいけません。」
不意に店主が背後から声をかけた。
彼は年老いた男で、目には不安の色が浮かんでいた。
「どうしてですか?」と翔太が尋ねると、店主はため息をつきながら続けた。
「その金貨には呪いがかかっているんです。持ち主を破滅に追い込む代わりに、一時的な富を与える代物です。昔から伝わる不吉な品なんですよ。」
翔太は笑った。呪いなど信じていなかったが、その話には興味をそそられた。
冗談半分で「その呪われた金貨を売ってください」と言った。
店主は一瞬躊躇したが、「あなたの人生に何が起ころうと、私は関与しませんよ」とだけ言い、金貨を手渡した。
値段は驚くほど安かった。
それもそのはず、誰もそんなものを欲しがらなかったからだ。
金貨を手にして数日が経ったころ、翔太の生活に奇妙な変化が現れ始めた。
まず、彼が応募していた宝くじで高額当選を果たした。
これまでにない幸運に驚いた翔太は、その金を使って、より裕福な生活を送ることを夢見た。
新しい車を購入し、高級マンションに引っ越し、ブランド物の服や時計を身にまとった。
周囲の友人たちからの羨望の眼差しを感じ、彼は成功者の気分を存分に味わった。
しかし、心のどこかで金貨が影響していることを感じ始めていた。
その後も彼には次々とチャンスが舞い込み、投資が大成功を収めたり、昇進が決まったりと、順風満帆な日々が続いた。
まさに「お金持ち」への道を順調に歩んでいた。
だが、次第にその運命の歯車が狂い始めたのだ。
ある日、翔太が運転している最中に突然車のブレーキが利かなくなった。
なんとか事故は免れたが、その日は不安な気持ちでいっぱいになった。
それでも、運が良かったと自分を慰めた。
だが、それを境に不運が重なっていく。
まず、友人の一人が急に連絡を絶った。
そして、会社でのプロジェクトが失敗し、評価が急落。
投資していた株が突然暴落し、多額の損失を被った。
最初は偶然だと思っていた。
しかし、不運は次々と押し寄せ、彼の周囲のすべてが壊れ始めた。
さらに、家の中で奇妙な出来事が起こり始めた。
夜になると、何かが彼の部屋を歩き回る音が聞こえたり、金貨が勝手に転がり出たりした。
翔太は恐怖に怯えるようになった。
だが、その恐怖の中で、どうしても金貨を手放すことができなかった。
金貨を手にするたび、瞬間的な安心感と富への欲望が再び湧き上がり、それが彼を縛り付けていた。
ついに、翔太はその金貨を手放そうと決意した。
再びあの骨董品店に戻り、店主に金貨を返そうとした。
「お願いです。この金貨を引き取ってください!」と、彼は店主に懇願した。
しかし、店主は冷たく微笑んで言った。
「一度手にした呪われた金貨は、もう手放せませんよ。あなたがそれを選んだのですから、最後まで付き合うしかないんです。」
翔太はその言葉を聞いた瞬間、全身に恐怖が走った。
彼は店を飛び出し、どうにかしてその金貨を捨てようとしたが、どこへ行っても戻ってくる。
それが彼の人生を縛り付け、破滅へと導くものであることを痛感した。
日が経つにつれて、翔太は孤立し、精神的にも追い詰められていった。
仕事を失い、家族や友人も全て彼から離れていった。
彼の財産は次々と消え失せ、最後には何も残らなくなった。
ただ、ポケットに響く金貨の重みだけが、彼の唯一の財産となってしまった。
ある晩、彼は姿を消した。
彼の部屋には、誰も知らない不気味な金貨がひとつ、床の上に転がっていただけだった。
翔太が消えてから数週間後、その金貨は別の場所で見つかった。
町外れの古びた骨董品店で、新たな持ち主を待っているかのように、ショーケースの中で静かに輝いていた。
富と欲望に取り憑かれた人々は、その誘惑に抗うことはできない。
そしてまた、新たな犠牲者が、呪われた金貨を手にすることになるのだろう。
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