お盆の夕暮れ時、俺は故郷に戻り、久しぶりに家族との時間を過ごしていた。
懐かしい風景や人々との再会が心地よく、のんびりとした田舎の空気が染み渡る。
その夜、突然玄関のチャイムが鳴った。
時計を見ると、もう夜の10時を回っている。「誰だ?」と不思議に思いながらも、俺はドアを開けた。
そこに立っていたのは、昔からの友人である健だった。
「おい、久しぶりだな!」健は変わらぬ笑顔で、手を振っていた。
驚いたものの、再会に嬉しさが込み上げてきた。
彼とは幼なじみで、何年も顔を見ていなかったが、すぐにあの頃のように話が弾んだ。
俺たちはリビングに移動し、夜遅くまで昔話に花を咲かせた。
しかし、話しているうちに、健の様子に何か違和感を覚え始めた。
最初は気づかなかったが、顔の色が妙に青白く、笑顔の奥に何かぎこちなさを感じた。
声もどこか遠く響くようで、俺は次第に不安を感じ始めた。
「健、最近どうしてたんだ?」と何度か聞いてみたが、彼はいつも曖昧に話をはぐらかし、話題を変えようとする。
笑顔はずっと変わらないままだったが、その目だけは虚ろで、どこか別の場所を見ているようだった。
そんな奇妙な違和感を抱えたまま、気がつくと深夜になっていた。
健が「そろそろ帰るわ」と言ったので、玄関まで見送りに行った。
家の外は漆黒の夜空が広がり、月明かりだけがぼんやりと地面を照らしていた。
「また、会おうな」と言い残し、健はゆっくりと夜道へ消えていった。
俺はその背中を見送りながら、どこか胸の奥に嫌な予感を感じていたが、深く考えることはなかった。
翌朝、目が覚めると母が玄関先で誰かと話している声が聞こえた。
妙な緊張感が漂っていたので、リビングへ降りてみると、母の顔が青ざめているのが目に入った。
「健が…亡くなったって…昨日の夕方に、交通事故で…」
母の言葉は耳の奥で響いた。昨日の夕方? 健はその時間に事故で亡くなったと…? では、昨夜俺と話していた友人は、一体誰だったのだろうか。
あの青白い顔、虚ろな目が脳裏に鮮明に浮かび上がった。
玄関に戻り、健が消えていった夜道をじっと見つめたが、そこにはただ冷たい風が吹き抜けているだけだった。
もしかしたら、健は俺に最後の別れを告げに来たのかもしれない。
そう思いたい気持ちと共に、背中にぞっと寒気が走った。
しかし、一つだけ確信できることがあった。
あの夜、一緒にいたのは、もうこの世にいない友人だったということだ。
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