佐賀県唐津市にある「旗本百人腹切り場所(竜谷山瑞巌寺跡)」には、武士たちの集団自決という壮絶な歴史が刻まれており、今もなお数々の心霊現象が語り継がれているという。今回は、旗本百人腹切り場所(竜谷山瑞巌寺跡)にまつわるウワサの心霊話を紹介する。
旗本百人腹切り場所(竜谷山瑞巌寺跡)とは?
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この地にかつて存在していた「竜谷山瑞巌寺」は、1355年に創建された古寺であり、岸岳城主・波多氏の菩提寺であった。
波多氏は豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、戦を避けたとされ、その行動が秀吉の怒りを買ったという。
真偽は不明だが、波多氏改易は計画的な領地奪取の陰謀だったとも伝えられている。
領地を失い、主君も討たれた波多家の家臣たちは絶望の末、瑞巌寺で次々と自らの命を絶った。
その数、およそ百名。まさに「旗本百人腹切り場所」とは、その悲劇の現場を指している。
現在もなお、寺の跡地近くには「末孫様(ばっそんさま)」と呼ばれる100基以上の五輪塔が静かに並び、訪れる者を見下ろしている。
旗本百人腹切り場所(竜谷山瑞巌寺跡)の心霊現象
旗本百人腹切り場所(竜谷山瑞巌寺跡)の心霊現象は、
- 男性の霊が現れる
- 末孫様に触れると祟りが起きる
- 心霊写真が撮れる
- 高熱や体調不良に見舞われる
である。以下、これらの怪異について記述する。
男性の霊が現れる
夜にこの地を訪れる者の多くが、「鎧武者のような姿をした男が、山の上からじっとこちらを見下ろしていた」と証言する。
その霊は一言も発することなく、ただそこに佇む。やがて姿は消えるが、周囲には冷たい空気と、切腹時に流されたであろう血の臭いが微かに漂うという。
末孫様に触れると祟りが起きる
末孫様と呼ばれる石塔群に不用意に触れると、祟りが降りかかるとされている。
過去には、末孫様のそばで工事をしようとした作業員の車が突然エンジン不調を起こし、現場で倒れ込んだ者もいた。
また、誤って石塔の一つを踏みつけた男性が、帰宅後に高熱と幻覚に襲われ、一週間寝込んだという話もある。
心霊写真が撮れる
瑞巌寺跡や腹切り場所を撮影した写真には、存在しないはずの人物の影が映り込むことがある。
中には、武士のような人物が五輪塔の隙間からこちらを覗いていたという報告もある。
高熱や体調不良に見舞われる
霊感の有無にかかわらず、訪れた者が急激に頭痛や吐き気、高熱を訴える例が後を絶たない。
とくに社の前で長居をすると、重苦しい空気が身体にのしかかるようになり、その場を離れても症状が数日間続くという。
旗本百人腹切り場所(竜谷山瑞巌寺跡)の心霊体験談
ある若者が肝試しにこの地を訪れたところ、社の前で「バキッ…バキッ…」という骨を折るような音を耳にしたという。
慌てて山を降りたが、その日以降、鏡に男の顔が映る幻覚を繰り返し見るようになった。
心霊写真にも何度も同じ顔が写り込み、心霊スポットに詳しい知人に相談したところ、「そこにいるのは、“まだ成仏できていない者”だ」と言われたという。
旗本百人腹切り場所(竜谷山瑞巌寺跡)の心霊考察
この地における霊的異常は、ただの偶然では片づけられない。武士の誇りを胸に抱えたまま無念の死を遂げた家臣たち。
その無念が形となって現代にまで尾を引いている可能性は高い。
また、末孫様に対する地元住民の畏敬の念も、祟りの存在を裏づける。
数百年の時を超えてなお、「粗末に扱うな」と語り継がれているのは、それだけこの地に“何か”が今も息づいているからに他ならない。
瑞巌寺跡と腹切り場所は、ただの廃寺跡地ではない。
そこには歴史の闇と、百人の魂が、今なお静かに蠢いているのである。
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