東京の外れ、ひっそりとした住宅街に一軒の廃墟があった。
かつては裕福な家族が住んでいたが、今では荒れ果て、誰も住むことのない場所となっている。
家の庭には古い井戸があり、近所の住民たちはその井戸を恐れていた。
誰もが口を揃えて「あの井戸には近づかない方がいい」と言い、その理由は昔から続く不気味な噂にあった。
この家に住んでいた家族が失踪したのは、今から数十年前のことだった。
事件が起こる前夜、近所に住む老人が奇妙な光景を目撃していたという。
その老人によれば、夜遅くに井戸のそばで赤い手がぬっと現れ、空中に浮かんでいたという。
血に染まったようなその手は、ゆっくりと家の方を指し示していた。
翌朝、その家の家族は忽然と姿を消していたのだ。
家の中には何の手がかりもなく、警察の捜査も実を結ばずに終わった。
この出来事以来、その家は「呪われた家」として近所では恐れられるようになった。
時が経ち、家は廃墟となり、噂も人々の記憶から薄れていった。
しかし、奇妙な現象は消えることがなかった。
特に夜の3時頃になると、井戸の中から「助けて…」という女性の声が聞こえるという報告が相次いだ。
声はかすかに井戸の奥から響いてくるが、蓋を開けて確認しようとすると何も聞こえなくなるという。
この現象は特に真夜中に集中して起こるとされ、訪れる者は皆恐怖に駆られてその場を後にするのだった。
ある晩、好奇心旺盛な若者たちがこの噂を確かめようと廃墟に訪れた。
彼らは深夜の井戸の周りに集まり、声が聞こえるのを待った。
すると、井戸の中からかすかな声が聞こえてきた。
「助けて…」誰かがそう呼びかけている。
若者たちは恐怖心を抑えつつ、井戸の蓋をそっと開けた。
しかし、その瞬間、井戸の中から何かが飛び出してきた。
それは赤い手だった。
手はまるで生き物のように動き、彼らの方に伸びてきた。
驚いた若者たちは後ずさりし、恐怖のあまり声も出なかった。
その赤い手は、井戸の縁を越えて地上に出ようとしているようだった。
慌てて逃げ出そうとした一人の若者が足を取られ、井戸の方へと引きずられそうになった。
赤い手が彼の足首を掴んで離さない。
恐怖に駆られた彼は必死で手を振りほどこうとしたが、その手の力は異常なほど強かった。
しかし、仲間が彼を必死に引き戻すことで、なんとか井戸から逃げ出すことに成功した。
その後、若者たちは井戸のそばには二度と近づくことがなかった。
彼らが逃げ出した後も、井戸からは「助けて」という声がかすかに聞こえていたという。
この出来事をきっかけに、心霊研究家が井戸の調査を行うこととなった。
調査を進めるうちに、井戸には古い悲劇が隠されていることが判明した。
戦後、この地域で井戸掘りをしていた男が、誤って若い女性を井戸に落としてしまい、彼女を助けることなく井戸を埋めたという噂があった。
この女性の怨霊が、赤い手となって現れるのではないかと考えられた。
しかし、井戸の蓋を完全に封じようとしても、その不気味な声や赤い手が消えることはなかった。
今もなお、深夜になると井戸から不気味な声が響き、赤い手が現れるという目撃談が続いている。
誰もが知っているこの廃墟と井戸は、東京の住宅街にひっそりと存在し続け、興味本位で訪れる者を待っている。
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