妹背の滝は、広島県廿日市市にある美しい夫婦滝として名高いが、その静謐な景観の裏には、髪を振り乱した女の霊や不気味な泣き声など、数多の怪異が囁かれてきた場所である。今回は、妹背の滝にまつわるウワサの心霊話を紹介する。
妹背の滝とは?

妹背の滝(いもせのたき)は、広島県廿日市市大野に位置する自然豊かな名所である。
大頭神社の境内を抜けた先に現れる二つの滝は、古くから夫婦滝(めおとだき)として知られており、繊細で高さ50mの雌滝(めんだき)と、水量豊かに落ちる30mの雄滝(おんだき)から成る。
滝の周辺は新緑や紅葉の季節にはひときわ美しく、その景観は訪れる者の心を洗い清めると評されてきた。
しかし、この地には長い歴史の裏に、人知れず囁かれる恐怖の話が潜んでいる。
妹背の滝の心霊現象
妹背の滝の心霊現象は、
- 髪を振り乱した女性の霊が、夕暮れの淵に背を向けて座っている
- 滝壺の周囲で、子を抱く女のすすり泣きが聞こえる
- 滝の石を持ち帰った家族に次々と不幸が起きる
- 滝の奥から白い手が水面を引きずるように現れる
である。以下、これらの怪異について記述する。
かつてこの滝には妹子という名の若い女がいたという。
玖波の農家に生まれ、大野浦の木こり・土左右衛門の嫁となった妹子は、夫が山奥へ仕事に向かう際、身重であったため村境で別れを告げ、一人里に残った。
やがて無事に男の子を産み、季節は紅葉深まる七ヶ月後、子を抱き夫の元を訪れた妹子の目に映ったのは、若い未亡人を妾にして暮らす土左右衛門の姿であった。
隠れようとする夫に追い返され、裏切りの深い痛みを抱えた妹子は、ついに滝の上に立ち、幼子を胸に抱いたまま、ざんぶりと淵に身を投げて果てた。
その後、夕暮れになると滝壺の岩に髪を振り乱した女が、恨めしそうに背を向け座っている姿が幾度も目撃されるようになったという。
また、滝壺を訪れた者の中には、子供をあやすような女のすすり泣きを耳にし、その声がだんだん背後に迫ってくる恐怖に駆られ逃げ帰った者もいる。
さらに、滝の辺りで刀で削いだように丸い石を拾い持ち帰った者の家では、家族が立て続けに怪我をしたり、不可解な事故が相次いだという。
まるで妹子の怨嗟が、その石を媒介として人々に災厄を撒いているかのようであった。
ある者は、滝壺の奥深くで水面から這い上がるように白い手が何本も伸びてくるのを見たという。
その白手は決して人を掴もうとはせず、ただ水面を彷徨うばかりであったが、その異様さはまともに見ていられるものではなかった。
妹背の滝の心霊体験談
「妹背の滝で遊んだ帰り道、どうも背中が重たく感じてならなかった。家に帰ると鏡に自分の後ろに黒い髪の女が映り込んでいた。次の瞬間にはいなかったが、その夜、祖母が階段から落ちて足を折った。あの時の女が連れてきたのかと思うと、今もぞっとする。」
「友人と肝試しに滝を見に行った。誰もいないはずなのに、滝の上の岩に女が座っているのが見えた。背中を向けていたが、長い髪が肩越しに風に揺れていた。恐ろしくなって走って逃げたが、ふと友人を見ると真っ青な顔で『あれ、お前の母さんじゃないよな?』と呟いた。理由を聞くと、あの女がこちらを向いて笑っていたのだという。」
妹背の滝の心霊考察
妹背の滝に纏わる心霊譚は、地元の伝承としては創作の色が濃いとも言われる。
実際、妹子の物語には地理や歴史の整合が取れぬ部分も多い。
しかし、語り継がれる怪異には土地そのものが抱える人ならざるものの気配が滲む。
この地には長州征伐の折、多くの戦死者を出した歴史があり、滝の側にはその供養塚も残る。
幾多の命が散り、血が流れた場所であればこそ、怨嗟や無念が滝の水音に混じり、亡霊を形作るのかもしれない。
また、大頭神社が鎮座し、古くから強い浄化と加護の場とされてきたのも、裏を返せばそこに穢れを鎮める必要があったからとも解釈できる。
妹子の話が後付けの創作であろうとなかろうと、この滝に立つと妙に背筋が冷たくなるのは確かである。
それは単なる気温や風のせいではない、何か重いものがこの地には沈んでいるからだと、そう感じずにはいられないのである。
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