お盆の帰省中、俺は久しぶりに故郷へと向かっていた。
都会の喧騒から離れ、どこか懐かしい田舎の風景を目にするたび、心が和んだ。
しかし、深夜の田舎の無人駅に降り立った瞬間、その安心感は一変した。
辺り一面に広がる静寂、ただ虫の声が響くだけで、駅のホームには俺以外誰一人いなかった。
「なんだか不気味だな…」と思いながらも、電車を待つためベンチに腰を下ろした。
時刻表を確認すると、次の電車が来るまでまだしばらく時間がある。
夜風が頬を撫で、やや肌寒さを感じた。
ふと視線を向けると、向かいのホームにぼんやりと人影が立っていた。
こんな時間に他に人がいるなんて珍しいなと思いながら、その人影をよく見てみる。
最初はシルエットだけしか見えなかったが、少しずつ目が慣れてくると、それは小さな背丈の老人だとわかった。
薄暗いライトに照らされながら、その老人はゆっくりと手を振っていた。
無人駅の静けさの中、その動作はやけに不自然に映った。
こちらに挨拶しているのかと思い、俺も軽く手を振り返したが、老人は止まらない。
むしろ、ゆっくりと、じわじわとこちらに向かって歩いてくるように見えた。
胸の奥に嫌な予感が湧き上がる。
妙な寒気が背筋を這い登ってきたが、目を離せなかった。
老人は次第に近づいてきたが、その動きには何かがおかしかった。
歩いているというより、浮かぶように、スーッと進んできたのだ。
老人の顔がはっきりと見える距離まで来た時、俺は凍りついた。
老人の顔には表情がまるでなかった。
目は虚ろで、まるで何かを失ったような瞳の奥が真っ黒に広がっていた。
その瞳が、じっと俺を見つめている。
体が動かない。逃げたいのに、足が地面に縫い付けられたかのように硬直してしまった。
老人はなおもこちらに向かって手を振り続け、そのままホームの端まで来た。
そこでふと、姿がかき消すように消えてしまったのだ。
ただの幻覚だと自分に言い聞かせた。
しかし、冷や汗が止まらない。時計を確認するも、時間はまだ進んでいない。
俺はその場を離れることもできず、ただ無言のまま、再び深い静寂が駅を包んだ。
どれほどの時間が過ぎたのか、ようやく電車が来た。
その音でようやく体の緊張が解け、俺は足早に電車に乗り込んだ。
窓の外を見ると、もう老人の姿はどこにもなかった。
しかし、ふと窓に映った自分の顔があまりにも無表情で、目が虚ろになっていることに気づいた。
「俺も、呼ばれたのか…?」
その思いが頭をよぎった瞬間、電車が闇の中へと進み始めた。
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