上田原古戦場の碑

上田原古戦場の碑は、情緒ある場所になっている。静かな場所で桜が咲く頃には、花見に訪れる者も少なからずいるのだとか。だが、この付近では心霊現象が多々起こることで知られているらしい。今回は、上田原古戦場の碑のウワサの心霊話を紹介する。

上田原古戦場の碑とは?

石久摩神社の境内には大きな石碑がある。

神社の裏側を進んで田んぼに降りると、上田原の戦いで亡くなった無名の戦士たちの墓がある。

最初は倉升山に武田軍が布陣したようですが、石久摩神社周辺が武田晴信の本陣跡だった可能性があるのではないかという者も。

神社の裏からは、村上軍が布陣した岩鼻や天白城が美しく見えるそうだ。

若き武田晴信は28歳で初めての敗北を経験し、自身も負傷した。

板垣信形や甘利虎泰などの重臣たちを失い、戦闘の犠牲者は4,000〜6,000人と云われている。

戦場には40日間留まり、混乱と困惑に包まれたと云われているそうだ。

上田原古戦場の碑の心霊現象

上田原古戦場の碑の心霊現象は、

  • 男性の霊が出る
  • 老婆の霊が出る
  • 人影が現れる

である。上田原古戦場の碑近辺は、長野県上田市にある公園と城跡の心霊スポット。

この場所では、男性の幽霊や老婆の幽霊が目撃されるとウワサされている。

近くの小学校では、誰もいないはずの階段下の倉庫で人影が現れるという話がある。

また、校歌には合戦で亡くなった霊を鎮める歌詞が含まれていると云われている。

さらに、神社側の田んぼの前にある小さな丘では、合戦でお侍さんが追い詰められて殺され、遺体が山積みにされた場所だというウワサがある。

上田原古戦場の碑近くの小学校での不気味な出来事

この近くの小学校に通っていたことがある者の話。

確かに校歌には古戦場のことが歌われていたが、人影のことは知らなかった。

ただ、その小学校では不気味な出来事が何度か起こった。

この者が体験したのは、誰もいないのにトイレのドアが自動的に開いたり、風も吹いていないのに急に風が吹いたりするというものだった。

これはこの者だけでなく、他の人も目撃している。

また、その小学校の先生が夜に校内にいると、放送機器が使われていないのにスピーカーから人の声が聞こえたと云われているそうだ。

この小学校だけでなく、近くの土地全体が不気味な雰囲気を持っていると感じられるという。

上田原古戦場の碑の場所・アクセス・地図

上田原古戦場の碑の住所 日本、〒386-1102 長野県上田市上田原
交通アクセス 長野市から長上信越自動車道 経由で約58分
最寄りのバス停 JA農協川辺支所前(徒歩10分)県道65号 経由(車で2分)
最寄り駅 上田原駅(徒歩で12分)(車で3分)

上田原古戦場の碑の地図(Googleマップ)

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