血原公園(姉川古戦場跡)のウワサの心霊話

滋賀県の血原公園(姉川古戦場跡)には、古の戦の傷跡が今なお残る。そこには戦死者の怨念が渦巻いているという。今回は、血原公園(姉川古戦場跡)にまつわるウワサの心霊話を紹介する。


血原公園(姉川古戦場跡)とは?

血原公園(姉川古戦場跡)付近の道

血原公園は、滋賀県長浜市に位置する静かな公園である。

しかし、その穏やかな佇まいとは裏腹に、この地は1570年(永禄13年)7月30日に起きた「姉川の戦い」の激戦地として知られている。

織田信長・徳川家康の連合軍と、浅井長政・朝倉義景の連合軍が激突したこの戦いは、両軍合わせて4万6千の兵がぶつかり合い、死傷者は三千を超えたとされる。

その壮絶な流血戦によって、姉川は赤黒く染まり、この地には「血原」「血川」といった地名が残された。

公園内には慰霊碑や案内板が設けられ、歴史を偲ぶことができるが、そこには今なお“見てはならないもの”が現れるという話が絶えない。


血原公園(姉川古戦場跡)の心霊現象

血原公園(姉川古戦場跡)で囁かれる心霊現象は、

  • 武将と思しき男性の霊が出現する
  • 首にまつわる不気味な交通事故が相次ぐ
  • 怪奇現象が夜な夜な発生する
  • 戦で亡くなった侍たちのうめき声が聞こえる

である。以下、これらの怪異について記述する。

まず最も有名なのが、鎧をまとったような影が林の中や池のほとりにぼんやりと立つという目撃談である。

目撃者の話によれば、その影は凛とした姿勢で立っており、ただじっと一点を見つめていたという。

消えるまでの数分間、視線をそらすことすらできなかったという証言もある。

また、この地では奇妙な交通事故が多発している。

特に“首”に関する怪我が目立ち、中には不可解な状況で頚椎を損傷したという例もある。

まるで戦で打ち首にされた者たちの怨念が、現代にまで及んでいるかのようである。

夜になると公園内で電子機器の誤作動、誰もいないはずの背後からの足音、低いうめき声など、怪奇現象が立て続けに報告されている。

慰霊碑の周囲では特に現象が頻発し、何かに「見られている」という感覚に襲われる者も多い。


血原公園(姉川古戦場跡)の心霊体験談

ある訪問者は、夕暮れ時に慰霊碑の前を通った際、突然背後に冷たい気配を感じたという。

振り向くとそこには誰もおらず、しかし背後からははっきりと「クッ……」といううめき声が聞こえていた。

その声はまるで、討たれた兵が最後の息を吐き出す瞬間のようであったという。

また別の者は、夜に公園内で写真を撮影したところ、何枚かの写真に不自然な影や白いモヤが映り込んでいた。

中には顔のようなものが写っていた写真もあり、現場を即座に後にしたとのことである。


血原公園(姉川古戦場跡)の心霊考察

血原公園が心霊スポットとして語られる理由は、歴史的背景に他ならない。

姉川の戦いは、戦国時代における最も苛烈な合戦の一つであり、血原という地名自体がその惨劇を物語っている。

大量の戦死者の怨念がこの地に染みついていると考えられても不思議ではない。

また、単なる「落ち武者の霊」ではなく、現代にまで影響を及ぼすような事故や怪奇現象が発生している点が、この場所の異質さを際立たせている。

交通事故における首の怪我が、戦での打ち首刑を連想させるという点も、偶然とは思えない符号である。

公園という形で整備された今でも、その地に眠る霊たちは決して安らかに眠れてはいないのかもしれない。

訪れる際は、礼儀と敬意を忘れてはならない。


血原公園(姉川古戦場跡)の地図

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【管理人】狐憑きのたる

狐憑きのたる

全国のウワサの心霊スポットを調査し、その魅力と恐怖を皆さんにお届けしています。