愛媛県伊方町に残る豊予要塞 洞窟式砲台跡には、戦争遺構としての歴史的価値と同時に、不可解な心霊の噂が伝わっている。今回は、豊予要塞 洞窟式砲台跡にまつわるウワサの心霊話を紹介する。
豊予要塞 洞窟式砲台跡とは?

豊予要塞 洞窟式砲台跡は、大正13年(1924年)から整備が始まった旧日本陸軍の防衛拠点である。
豊予海峡を通過する敵艦船を砲撃するため、佐田岬半島先端に複数の砲台が築かれた。
その一角である御籠島には、洞窟式の半地下砲台が設けられ、三八式十二糎榴弾砲が設置されていた。
昭和20年の終戦とともに砲台は役目を終え、戦後は長らく放置され廃墟同然となった。
近年になって観光用に整備され、現在は砲のレプリカが展示されているが、内部は冷気が漂い、戦争の影を今なお色濃く残している。
豊予要塞 洞窟式砲台跡の心霊現象
豊予要塞 洞窟式砲台跡の心霊現象は、
- 第一砲台への歩道で首吊り自殺者の霊が現れる
- 洞窟内部で胸が苦しくなり、心臓の鼓動が急に早まる
- 誰もいない空間で背後から気配を感じる
- 薄暗い通路で足音や人影が見える
である。以下、これらの怪異について記述する。
最も有名な噂は、第一砲台へ向かう歩道での首吊り自殺である。
訪れた者は、不意に木陰から人影が揺れているのを見たと証言するが、近づくと跡形もなく消えるという。
その姿は自殺者の霊とされ、強い自殺念慮を抱えた者が引き寄せられるのではないかと囁かれている。
また、砲台内部に入った途端、呼吸が乱れ、胸を押しつぶされるような苦しみに襲われるという体験も報告されている。
まるで「ここから出て行け」と圧迫されるかのような感覚であり、一部の人間は動けなくなるほどの恐怖に陥る。
さらに、洞窟の奥では人の気配や足音が聞こえることがある。実際には誰もおらず、反響音とも説明がつかない不自然さが残る。
特に一人で訪れた際にこの現象が多く、背後を振り返ると、暗がりに人影のような揺らめきが見えたという証言が複数ある。
豊予要塞 洞窟式砲台跡の心霊体験談
ある訪問者は、豊後水道側の砲台壕口を撮影していた際、突如として胸が締めつけられるような苦しみに襲われ、その場にうずくまったという。
心臓が早鐘を打つように激しく脈打ち、「このまま死ぬのではないか」と恐怖したそうだ。
病気の既往は一切なく、その時に「霊に取り殺されるとはこういうことか」と実感したと証言している。
豊予要塞 洞窟式砲台跡の心霊考察
この場所に残る異様な気配は、戦時中に命を落とした兵士たちの怨念、自ら命を絶った者の苦しみが層のように積み重なった結果であると考えられる。
洞窟式砲台は暗く閉ざされた空間であり、外界から隔絶された構造が霊的な残滓を留めやすい。
また、戦争遺構という性質上、死と直結する記憶が強く刻まれているため、訪れる者の精神に重圧を与えやすい。
偶然の錯覚や身体反応と片づけることもできるが、体験者の多くが「ただの暗さや雰囲気では説明できない」と口を揃える。
豊予要塞 洞窟式砲台跡は、歴史的価値の高い遺構であると同時に、今なお過去の死の気配を宿す“静かなる心霊地”なのかもしれない。
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