大山廃寺跡

大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)は、昭和4年(1929年)に国の史跡にされている歴史がある場所であるが、心霊スポットと云われることも。今回は、大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)のウワサの心霊話を紹介する。

大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)とは?

大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)は、愛知県小松市にあり白鳳時代~平安時代にかけて存在した大山寺。

建物がたてられたのは7世紀後半らしく、「西の比叡山延暦寺、東の大山寺」と云われる程、栄えていたが、仁平2年(1152年)に比叡山延暦寺と三井寺とのあいだに法論が起き、三井寺の僧徒に寺が襲われ焼き討ちにあったそうだ。

建物は跡形もなく焼き尽くされ、和尚と2人の稚児(子供の修行僧)が死亡した。

以後ほそぼそと続いていたらしいが、15世紀中頃になくなったという。

建物などは現在残っておらず、僧坊などがあったとされる場所に、塔を支えるために設置されたと思われる5つの礎石がある。

大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)の心霊現象

大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)の心霊現象は、

  • 稚児の霊が現れる

である。寺が焼き討ちにあってからというもの、伝説によれば都の天皇が奇妙な病に悩まされ、陰陽師の安部清業が占ったところ「天皇の病を癒すには、大山の稚児の霊を慰めるとよい」とでたそうだ。

その後、都から使いがやってきて久寿2年(1155年)に彼らの霊を祀る目的で児神社が創建されたらしい。

神社が建立されてから、稚児の霊が現れることはなくなったのか、祟りなどのウワサは少ないようだ。

また、別の話では事件後に寺に化け物(悪霊)が出るようになったと云われており、正体は亡くなった稚児の霊だと人々は考え、供養するため児神社を建立したという。

だが、稚児の霊であるのか、現在でも幽霊がでる場所として一部では云われており、昼間でも薄暗く人も常駐している感じではないため、恐ろしく感じることがあるそうだ。

ちなみに児神社は、祭神が子供であることから「子宝に恵まれる」「妊婦が安全に過ごせる」などのご利益があるとされている。

大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)の場所・アクセス・地図

大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)の住所 〒485-0026 愛知県小牧市大山411
交通アクセス 名古屋市から名古屋高速11号小牧線/ルート 11 経由で38分
最寄りのバス停 児神社前(徒歩22分程)
最寄り駅 楽田駅(徒歩1時間31分程)県道195号 経由

大山峰正福寺・大山廃寺跡(児神社)の地図(Googleマップ)

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