尼ケ坂と坊ケ坂

愛知県名古屋市には、尼ケ坂と坊ケ坂という心霊スポットがある。この2つの坂では、恋を引き裂かれた母と、母を求め亡くなった子の悲劇的な場所である。今回は、尼ケ坂と坊ケ坂…通称「幽霊坂」のウワサの心霊話を紹介する。

尼ケ坂と坊ケ坂(幽霊坂)とは?

尼ケ坂と坊ケ坂(幽霊坂)が心霊スポットとして有名になったのには逸話がある。文化年間(1804年~1818年)の頃の話しだろう…

尼ケ坂と坊ケ坂(幽霊坂)では、美女(権現小町)と武士が結ばれ子供が出来るが、身分の違いから2人は無理やり引き裂かれてしまった。

そこで美女は、男を忘れ世を捨て「尼」となり子供と2人で過ごしていた。

だが、武士の事が忘れられない美女は、5月の雨が降っている夜…当時この坂にあった木で首を吊り自殺したという。(この辺りは、杉の木が多い場所で、現在も大杉・杉村など地名にもある)

残された子供は親族に引き取られたらしいが、母の事が忘れられず、母を探し求め彷徨いやがて力尽きてしまった。

どうやら、子供は片山神社の森を彷徨い餓死したようである。

その後、美女(母)が亡くなった坂を「尼ケ坂」といい、子供が亡くなった坂を「坊ケ坂」という。尼ケ坂公園の案内には「悲恋」と書かれているらしい。

いつしか尼ケ坂と坊ケ坂は「幽霊坂」とも呼ばれ、心霊スポットとしてウワサになるのだが、実際心霊現象も多く起きていたという。

尼ケ坂と坊ケ坂(幽霊坂)の心霊現象

尼ケ坂と坊ケ坂(幽霊坂)の心霊現象は、

  • 首吊り自殺をした美女の霊が出る
  • 夜になると子供の霊が母を探し彷徨っている
  • 心霊写真が撮れる

である。昔の伝承である話しが多いが、それ以外にも実際に尼ケ坂と坊ケ坂に行ってみると、謎の声が聞こえたという事もあるようだ。

尼ケ坂と坊ケ坂(幽霊坂)の都市伝説

尼ケ坂と坊ケ坂の両方の坂は、片山神社の社叢近くにあるため独特の雰囲気がある。

その影響があるのか分からないが、尼ケ坂の近い範囲では、男女の幽霊やキツネやタヌキが化けたようなウワサ話があるようだ。

近所の人しか通らないような細道として残っているような場所であるが、文化年間(1804年~1818年)は辻斬りがよく出たとされ、通行人が被害を受けることもしばしばあった。

公園の西にある「地蔵院」は、その霊を弔うようにと、久国寺の住職が寺の門前にあった六地蔵の内一体をここに移し祭ったのがはじまりという。

現在は辻斬りが出ることはないが、行く際には自動車に気を付けるようにしたい。

尼ケ坂と坊ケ坂の場所・アクセス・地図

尼ケ坂と坊ケ坂の住所 〒462-0837 愛知県名古屋市北区大杉1丁目20
交通アクセス 名古屋市から出来町通/県道215号 経由で5分
最寄りのバス停 東杉町一丁目(徒歩3分程)
最寄り駅 尼ヶ坂駅(徒歩1分)

尼ケ坂と坊ケ坂の地図(Googleマップ)

下記の地図は、尼ケ坂の場所であるが、坊ケ坂はGoogleマップで表示させると分かるが片山神社付近に「坊ケ坂」と表示されているのですぐに分かる。

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