広島県呉市倉橋島に残る旧海軍の砲弾試験場「亀ヶ首試射場」。この地では大砲や毒ガス弾の実験により多くの命が失われ、廃墟と化した今もなお、白い服の女性の霊や耳を疑う呻き声など数々の怪異が囁かれている。今回は、亀ヶ首試射場にまつわるウワサの心霊話を紹介する。
亀ヶ首試射場とは?

亀ヶ首試射場は広島県呉市倉橋島の東端、海に突き出した小半島に位置する旧日本海軍の砲弾発射試験場の跡地である。
明治33年(1900年)に竣工し、日清戦争後の軍備拡張に伴って鍋山から移設されたものであった。
ここでは速射砲や大砲の試験、さらには戦艦大和の46センチ主砲の性能実験や魚雷・機銃の発射試験、毒ガス弾の実験まで行われていた。
その強大な軍事機能ゆえ、施設内では多くの爆発事故が発生し、死者が絶えなかったという。
敗戦後、進駐軍によって主要施設は破壊されたが、一部は現在も遺構として残されており、検測所やトンネル、桟橋のクレーン跡などが当時の面影を濃厚に伝えている。
現在この場所は私有地であるが、慰霊碑が建立され、戦没者への追悼行事が行われている。
しかし、この場所には戦争の悲惨さと共に、決して人の世の理を超えた存在を否定できぬほどの“何か”が棲みついてしまったのではないかという噂が絶えない。
亀ヶ首試射場の心霊現象
亀ヶ首試射場の心霊現象は、
- 白い服の女性の霊がトンネルに現れる
- 夜間、誰もいないはずの施設跡からうめくような声が聞こえる
- 海側の桟橋付近で、人の気配とともに足音だけが後を追ってくる
- 撮影した写真に、顔とも判別のつかぬ不気味な影が浮かび上がる
である。以下、これらの怪異について記述する。
まずもっとも有名なのは、施設内に残るトンネルで白い服の女性の霊が現れるという話である。
彼女はゆっくりとこちらへ向かって歩み寄るが、近づくとその顔はぼんやりと溶けてしまっていて判別ができないという。
この女性が何者であるのかは不明だが、試射場で事故死した誰かの家族であるとも、あるいは従事者の慰問に訪れ、不運にも巻き込まれた人物だとも囁かれている。
夜間に遺構を訪れた者は、朽ち果てたコンクリートの壁の奥から、苦しげに嗚咽するような声を聞いたと証言する。
誰のものとも知れぬ声は低く震え、近づけば近づくほど遠ざかってゆくため、決して追いつくことはないという。
また、海へ突き出した桟橋の付近では、背後から砂利を踏む足音が近づいてくるにも関わらず、振り向いても誰もいない。
足音はついには耳元で止まり、冷たい風のようなものが首筋を撫でる感触だけを残すのだ。
さらに観光客が軽い気持ちで遺構を撮影した写真には、人間とは思えぬ歪んだ影が写り込むことがある。
ぼんやりとした輪郭のそれは、ときに複数写り込むことすらあり、見た者は決まって得体の知れぬ悪寒に襲われる。
亀ヶ首試射場の心霊体験談
実際にこの場所を訪れた者の体験談として、次のような話が伝わっている。
友人同士で肝試しのために夜間の亀ヶ首試射場を訪れた一行が、例のトンネル内で写真を撮ろうとフラッシュを焚いた瞬間、数メートル先にうっすらと白いものが立っているのを目撃したという。
慌ててライトを向けると、そこには誰もいなかったが、写真には長い髪の女のような影がはっきりと残されていた。
別の話では、昼間に訪れた観光客がレンガ造りの壁面を何気なく眺めていたところ、割れ目の奥からじっとこちらを見つめる目と目が合ったといい、驚いて仲間を呼び戻した時には、もう何もなかったという。
後日、その場所で撮った写真には血のように赤い染みが滲んでいたとも語られている。
亀ヶ首試射場の心霊考察
亀ヶ首試射場に漂う異様な気配は、やはりこの場所で繰り返された生々しい死と破壊の記憶に由来するものだろう。
巨砲の発射実験や毒ガス弾の試験など、常軌を逸した兵器開発の現場であったがゆえに、その無念や恐怖が土地に刻み込まれたと考えるのが自然である。
白い服の女性の霊の正体は特定できないが、事故で命を落とした軍属の遺族、あるいは失われた命そのものの象徴かもしれない。
また、誰もいない場所から聞こえるうめき声や足音は、かつて砲声と悲鳴が響いていたこの地が、なおもその残響を鳴らし続けているようにも思える。
この場所を訪れる者の多くが理由もなく不安や恐怖を覚えるのは、単なる遺構の荒廃ではなく、そこで流れた血と涙が、今もなお人の心に訴えかける何かを孕んでいるからに他ならないのであろう。
コメント