豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)

豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)は、近年開園したばかりの新しい公園であるが、戦時中は海軍の兵器工場であった場所で、多くの犠牲者が出た歴史がある。今回は、豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)のウワサの心霊話を紹介する。

豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)とは?

豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)は、愛知県豊川市にあった機銃や弾丸の製造を行った場所で、東洋随一の規模であった。

従業員数も多く、職員400名、工員10,000名、微用工員40,000名、動員学徒6,000名の計564,00名もいたという。

昭和14年(1939年)12月5日に開庁し、昭和20年(1945年)8月7日に激しい空襲を受け壊滅した。およそ2500人が犠牲となった悲しい歴史が刻まれた場所である。

平成30年(2018年)6月9日に跡地を整備した「豊川海軍工廠平和公園」が開園。豊川海軍工廠の戦争遺跡を保存活用した歴史公園である。

豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)の心霊現象

豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)の心霊現象は、

  • 人影が見える
  • 足音が聞こえる
  • 軍服の霊がでる

である。公園内での霊の目撃は少ないのだが、霊感がある方は怖くてこの場所に近づきたがらないという話がある。

跡地の一画にある陸上自衛隊の豊川駐屯地では、怪奇現象が多発しているというウワサが広まっている。

隊員が深夜の見回りをしていたところ、人影を見つけ「どなたですか」と尋ねても反応せず、人影は消えていたという。

夜中には、足音が近づいてくる等の話もあり、軍服姿の霊の目撃もあることから、軍人の霊ではないかというウワサだ。

空襲の犠牲者を駐屯地に埋葬したという話があり、多くの心霊現象が起こる理由の1つではないかと囁かれている。

豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)の場所・アクセス・地図

豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)の住所 〒442-0061 愛知県豊川市穂ノ原3丁目
交通アクセス 岡崎市から東名高速道路 経由34分
最寄りのバス停 豊川海軍工廠平和公園(徒歩10分)県道31号 経由
最寄り駅 八幡駅(徒歩35分)県道31号 経由 諏訪町駅(徒歩32分)姫街道/県道5号 経由

豊川海軍工廠跡(豊川海軍工廠平和公園)の地図(Googleマップ)

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