桶狭間古戦場跡は歴史的な戦いがあった場所として知られているが、落武者の霊が出ると云われる場所でもある。今回は、桶狭間古戦場跡のウワサの心霊話を紹介する。
桶狭間古戦場跡とは?
桶狭間古戦場跡は、戦国時代に「桶狭間の戦い」が行われた地帯である。織田信長率いる2千程度の兵で、今川義元率いる2万の軍勢を蹴散らした。
この戦いで織田軍は今川義元を討ち取り、今川軍を撤退させたことで織田信長の名を天下に知らしめた歴史的な戦いと云われている。
桶狭間古戦場跡の場所
桶狭間古戦場跡の戦いがあったとされる場所は2カ所ある。
豊明市栄町の「桶狭間古戦場伝説地」と、もう1つは名古屋市緑区桶狭間にある「桶狭間古戦場公園」だ。
どちらも心霊のウワサが多く残っているようだ。
2つの桶狭間古戦場跡の伝承
桶狭間古戦場伝説地
桶狭間古戦場伝説地では、道路を挟んだ咲に徳本上人が建てた地蔵群「徳本の名号」がある。
この地蔵は、この場所で命を落とした者の霊を弔うために建てたものである。
この地蔵により無念の思いで彷徨っていた霊が静まったという。
だが、その横には「お化け地蔵」と呼ばれる地蔵があり、再び幽霊が現れるようになった際に建てられたようだ。
1853年に尾張藩士により建立され、お化け地蔵が建てられて以降、多くの幽霊が目撃されることは少なくなったという。
だが、現在も幽霊を見たというウワサが度々ささやかれている。
桶狭間古戦場公園
桶狭間古戦場公園では、討ち取られた今川義元の首が洗われた「義元首洗いの泉」や、ねずの木に触れると熱病にかかるとされる「義元馬つなぎのみず」がある。
戦評の松では、白装束姿で白馬に乗った今川義元の亡霊が現れるとウワサされている。
この亡霊とあったある魚屋は、今川義元に口止めをされたが、約束を破り話してしまった魚屋は熱病にかかり亡くなったという。
桶狭間古戦場跡の心霊現象
桶狭間古戦場跡の心霊現象は、
- 落武者の霊が現れる
- オーブや発光体が撮れる
- お婆さんの霊が慰霊碑にいる
- 心霊写真が撮れる
である。桶狭間古戦場跡では、何千人もの人が亡くなっているため、心霊現象が何かしら起こってもおかしくないと云われている。
夜中に肝試しに行った者のなかには火の玉を目撃した者もいるという。
また、都市伝説として落武者に「我らは負けぬ」と言われ追いかけられるという話しも。
成仏した者も多くいるとは思うが、未だ未練が強い者の霊がいるかもしれない。
桶狭間古戦場跡
— あっちゃん@こじはる (@MYmymelodxy) March 11, 2012
(名古屋市)
桶挟間とは、戦国時代の武将織田信長と今川義元との戦いの場である。
こうした時代背景からか落ち武者の霊が多く目撃されている。
幽霊の目撃が多いため高徳院と言う寺を建設し数多くの地蔵を祀ったが今も目撃談は多数あり。
桶狭間古戦場公園と桶狭間古戦場跡の場所・アクセス・地図
桶狭間古戦場公園と桶狭間古戦場伝説地は割と近くにあるようだ。
桶狭間古戦場跡
桶狭間古戦場跡の住所 | 愛知県名古屋市緑区桶狭間北3丁目1001 桶狭間古戦場公園 愛知県豊明市栄町南舘11 桶狭間古戦場伝説地 |
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交通アクセス | 名古屋市から名古屋高速3号大高線/ルート 3 経由で26分(桶狭間古戦場公園) |
最寄りのバス停 | 桶狭間古戦場公園(徒歩2分)(桶狭間古戦場公園) |
最寄り駅 | 中京競馬場前駅(徒歩19分)東海道 経由(桶狭間古戦場公園) |
桶狭間古戦場公園
桶狭間古戦場公園の住所 | 〒458-0913 愛知県名古屋市緑区桶狭間北3丁目1001 |
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交通アクセス | 名古屋市から名古屋高速3号大高線/ルート 3 経由で25分 |
最寄りのバス停 | 桶狭間古戦場公園(徒歩2分) |
最寄り駅 | 中京競馬場前駅(徒歩19分)東海道 経由 |
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