新府城跡

新府城跡は、天正9年(1581年)に築城されたが、翌年に小田徳川連合軍との合戦に敗れ落城した場所である。この場所は心霊スポットとしても有名で、落ち武者の霊の目撃が多々あるという。今回は、新府城跡のウワサの心霊話を紹介する。

新府城跡は?

新府城は、武田勝頼公によって天正9年(1581年)に築城された城郭で、七里岩の台地に位置している。

「新府」とは、勝頼公が本拠地を甲府市の躑躅ヶ崎館からこの地に移転し、新しい府中を建設しようと計画したことを示している。

しかし、天正10年(1582年)には織田・徳川軍に攻められ、わずか68日で勝頼公自身が城に火を放つ悲運な結末を迎えた。

最近の発掘調査により、丸馬出しや三日月堀、出構など、武田家の築城技術が見られ、戦国武田家の集大成としての城の遺跡として評価されているらしい。

昭和48年(1973年)に国の指定文化財(史跡)に指定され、その後「続日本100名城」にも選ばれた。

現在、本丸跡の近くには勝頼公を祀る藤武神社が建っている。

新府城跡からは、富士山や八ヶ岳などの美しい景色が眺められる。

また、春には新府桃源郷として知られる美しい桃の花が一面に咲き誇るという。

新府城跡の心霊現象

新府城跡の心霊現象は、

  • 落ち武者の霊が彷徨っている
  • 真っ赤な顔の着物姿の女性が子供を連れて歩いている
  • 火の玉が現れる
  • 心霊写真が撮れる

である。新府城跡にある急階段を上っている最中に後ろを振り返ると落ち武者の霊が立っているという話がある。

現れた場合、どこへ逃げるのか迷うところであるが、下に逃げる場合落ち武者の側を通らなければならない。

階段を上り終えると、神社が現れる。この神社の周りには記念碑が幾つかある。

武田勝頼公霊社なるポイントでは、勝頼公の心霊を納めていると文言が書かれている。

これが落ち武者の霊が出るというウワサの発端ではないかと云われている。

この場所では、後ろに何者かの気配を感じる者が多々いるようだ。

この森の中では、男性の首吊り自殺があったというウワサがあるが、詳細不明である。

もしかすると、歩いている木々の中にそのポイントがあるのかもしれない。

新府城跡の場所・アクセス・地図

新府城跡の住所 日本、〒407-0262 山梨県韮崎市中田町 中条字城山
交通アクセス 山梨市から中央自動車道/西宮線 経由で約45分
最寄りのバス停 祖母石中(徒歩33分)七里岩ライン/県道17号 経由
最寄り駅 新府駅(徒歩18分)七里岩ライン/県道17号 経由(車で2分)

新府城跡の地図(Googleマップ)

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