姫ヶ淵

姫ヶ淵は、武田勝頼公の妻北条夫人の侍女16名が日川の淵に身を投げ殉死したと伝えられている場所で心霊スポットとして云われることも多々ある。今回は、姫ヶ淵のウワサの心霊話を紹介する。

姫ヶ淵とは?

天正10年(1582年)3月11日、甲斐の名門・武田勝頼は田野の地で最期を遂げた。

当主の武田勝頼だけでなく嫡男(ちゃくなん)の信勝、そして継室(けいしつ)である北条夫人は、この地で自害している。

北条夫人は政略結婚として、長篠合戦の後に武田家に嫁いだ。

しかし、織田信長による甲州攻めの際、多くの武田家縁戚の武将が離反(りはん)し、彼女も国許(くにもと)へ帰るよう勧められたとも云われている。

織田軍の侵攻が進む中でも、彼女は武田八幡宮に安泰を願う願文を奉納し、最期まで勝頼と共に生死を共にしたという。

景徳院と呼ばれる寺が勝頼らが自害した場所に建てられ、その下を流れる日川には「姫が淵」と呼ばれる場所が伝わっている。

北条夫人と共に落ち延びた侍女16名も、武田氏の滅亡と共に自害したと伝えられている。

姫が淵には、北条夫人と16名の侍女の姿を刻んだ大きな石のレリーフがある。

このレリーフには、北条夫人を含めた17名を表現しており、侍女らを顕彰し慰霊するためであり、山梨の歴史文化公園に指定されたのを期に建てられた。

記録によれば、勝頼に田野の地まで付き従った者は50名に満たないと云われている。

彼らもこの地で最期を迎えたのである。

姫ヶ淵の心霊現象

姫ヶ淵の心霊現象は、

  • 女性の首が浮かび上がる
  • 武者の首が浮かび上がる

である。武田勝頼公一族が自害した場所に建立された景徳院の下には、かつて「姫ヶ淵」と呼ばれる場所があった。

ここで勝頼の妻である北条夫人と侍女16名が身を投じて殉死した。

この川の淵では、首洗い場と呼ばれる場所で武者や女性の首が浮かび上がると云われている。

日川の上流には、武田勝頼に忠誠を尽くした土屋昌恒が勝頼の自決までの時間を稼ごうとして織田軍と戦い、千人斬りを成し遂げたという逸話が残っている。

その戦いの際、日川は3日間血に染まったとされ、人々はこれを「三日血川」と呼ぶようになった。

また、心霊のウワサでは、時折水面が赤くなるという話もある。

姫ヶ淵は悲劇の舞台となった場所であり、その歴史と怨念が未だに残り、多くの人々の興味を引き続けている。

慰霊のために設置されたレリーフでは、川に飲み込まれた16忍の侍女を表現している。

この辺りで川の渦がこちらを見ているような気がしたという話や、レリーフの後ろに何者かがいる気配がしたという体験談がある。

姫ヶ淵の場所・アクセス・地図

姫ヶ淵の住所 日本、〒409-1202 山梨県甲州市大和町田野
交通アクセス 山梨市から旧甲州街道 と 甲州街道/国道20号 経由で25分
最寄りのバス停 景徳院入口(徒歩1分)県道218号 経由
最寄り駅 甲斐大和駅(徒歩30分)県道218号 経由(車で4分)

姫ヶ淵の地図(Googleマップ)

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