韮山火葬場

韮山火葬場は静岡県伊豆の国市にあった廃墟化した火葬場で、現在は解体され、慰霊碑のみが残っている。心霊スポットとして有名で、犠牲者の霊が出るという話がある。今回は、韮山火葬場のウワサの心霊話を紹介する。

韮山火葬場とは?

韮山火葬場は静岡県伊豆の国市にあった。

この場所は、昭和33年(1958年)に起こった狩野川台風で亡くなった方々のために臨時に設置された火葬場だと云われていたが、実際には明治39年(1906年)に村営の火葬場として建設されたものであるという情報も。

火葬場は長い間使われずに朽ち果てており、心霊スポットとしてのウワサもある。

平成4年(1992年)に解体され、現在は慰霊碑のみが残っている。

臨時の火葬場の説

この場所は実は、昭和33年(1958年)に「狩野川台風」という大きな災害があった後、臨時の火葬場として建設されたという説が有名。

当時は治水の技術も発展しておらず、1269人の死者や行方不明者、16734戸の住宅の倒壊など、日本史上最悪の台風災害だった。

この地には狩野川放水路という治水施設が建設中でしたが、完成前に被害が起こった皮肉な出来事だったのである。

その後、遺体が収容できずに臨時の火葬場が建設され、ここ「韮山廃火葬場跡地」となったとされている。

当初は解体される予定でしたが、関係者の問題があり、長い間放置されたままだった。最近になってようやく解体が行われ、慰霊の碑が建てられた。

韮山火葬場の心霊現象

韮山火葬場の心霊現象は、

  • 犠牲者の霊が彷徨っている

である。韮山火葬場は、昭和33年(1958年)の狩野川台風で多くの犠牲者が出たため、一時的に建てられた火葬場であるという話が有名だ。

この場所は、つまみ枝豆氏の怖い話にも登場し、廃墟化した後は心霊スポットとして有名になった。

つまみ枝豆が二度と行きたくないと言った心霊スポットらしい。

現在は跡地に慰霊碑が建っており、ウワサ話が絶えない場所として知られている。

霊能者の中には、最恐のスポットという者もいるようだ。

火葬場やお墓などは供養された土地であるから霊もなにもいないと思われがちだが、この場所は特別な事情があるそうだ。

当時、この場所で浮かばれない死を迎えた人もたくさんいたのではないかとされている。

韮山火葬場の場所・アクセス・地図

韮山火葬場の住所 〒410-2133 静岡県伊豆の国市四日町312−1
交通アクセス 富士市から東名高速道路と伊豆縦貫自動車道/国道1号経由で約39分
最寄りのバス停 保健センター前(徒歩5分)県道136号 経由
最寄り駅 韮山駅(徒歩17分)県道133号 経由

韮山火葬場の地図(Googleマップ)

関連記事

この記事へのコメントはありません。


全国心霊スポット登録数


3,730

カテゴリー
最近の記事
  1. 高坂トンネルをイメージしたアイキャッチ画像
  2. 東浜公園の広場をイメージしたアイキャッチ画像
  3. 上田池ダムをイメージしたアイキャッチ画像
  4. ドライブイン一文字の廃墟をイメージしたアイキャッチ画像
  5. 押部谷の廃墟にまつわる不可解な噂を表現したアイキャッチ画像
【心霊考察 編集部】

 

心霊考察 編集部では、全国各地の心霊スポットや怪異、ホラー作品を題材に、体験談や噂、地域に残る語りをもとに記録・考察を行っている。

当サイトは、幽霊の存在を断定することを目的とせず、
「どのように語られてきたのか」
「なぜ心霊として認識されてきたのか」
という視点から、人の認識、記憶、土地の歴史、出来事の結びつきを整理している。

近年は「心霊現象の考察」シリーズを中心に、心霊が物語として共有され、恐怖として定着していく過程を読み解いている。
記事は順次リライトを進め、考察を前提とした構成へ更新中である。

「心霊現象の考察」シリーズの目次はこちら
当サイトの内容および引用・転載について

※当サイトは、心霊スポットの探索、肝試し、不法侵入を推奨するものではない。

記事内コメント